SIT Academic Column バイオセンサで身体をモニタリングする

2023/08/25
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自然界や生体内において、分子は常に揺れ動いている。工学部電子工学科の當麻浩司准教授は、そんな分子の揺らぎを計測し、活用する研究を行っている。それは、例えば体内で作られる分子の濃度の変化をモニタリングすることで、病気の予防や早期発見につながるなど、種々の社会課題にアプローチしうるものであるが、同時に課題もある。當麻准教授に研究の現在地と今後の展望について伺った。

揺れ動く分子の時空間的な情報を取得したい

─當麻先生は、どのような研究をしているのですか? 

私の研究室は「揺動分子センシング研究室」というちょっと変わった名前でして。「センシング」とは、簡単にいえば必要な情報を収集することで、要は時間的、空間的な分子の揺らぎを計測し、活用する研究をしています。その研究領域におけるトピックのひとつが、バイオセンサです。バイオセンサとは、酵素や抗体といった生体由来の分子認識素子を用いてターゲットとなる物質を検出する装置のことで、市販化されているものだと血糖値測定器があります。これは血液中に含まれているグルコースという糖を、酵素を使って選択的にキャッチし、それを電気的な信号に変換することで血糖値を測定しています。

─分子センシングの研究において、現時点で當麻先生が目指していることは? 

大きく二つありまして、一つは、常に揺れ動く分子の連続的な情報を取得することです。例えば365bet_365体育备用网址-唯一授权网站抗原検査キットはバイオセンサの原理と類似しているのですが、検査をした時点の結果しか分かりません。もちろんそれで十分な場面もありますが、ある一点の情報ではなく、特定の分子の動き方や濃度分布の変化を連続的に捉えたい。薬剤を例にとれば、ある薬を投与したとき、その血中濃度の時間的な変化を正確に、リアルタイムで測る技術はまだないんです。もしそれが可能になれば、今までは集団の統計的なデータを個々の患者に当てはめて治療方針などを決められていたのが、個人にパーソナライズされた医療に変わっていきます。

─いわゆる個別化医療の発展に寄与すると。
もう一つは、侵襲性の低い方法で情報をサンプリングすること。例えば病院で血液検査をするとき、人体に注射針を刺して血を抜きますが、こうした行為を「侵襲性が高い」と言います。もちろん、血液からは最も正確な情報が得られるので、今後、血液検査がなくなることはないでしょう。ただ、日常生活において自分ひとりで血液検査ができるかというと、かなり難しい。指先から採血できる血糖値測定器もありますが、これはかなりレアな例であり、また採血する以上、わずかながら痛みを伴います。でも、血液と同じような情報は、涙や唾液、尿、間質液(皮下組織において細胞を浸す体液)などからも得られます。そうした体液からサンプリングできれば、血管に針を刺すよりも遥かに負担が軽くなりますよね。
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健康寿命と平均寿命のギャップを埋めたい

─今おっしゃったような分子のモニタリングやサンプリングが必要、もしくは有効な病気というのは、具体的には?

代表的なケースは糖尿病です。特に一型糖尿病の患者は、自己免疫疾患によりインスリンを作り出す細胞が壊されてしまったため、自分でインスリンを注射しないと血糖値を下げられません。だから常に血糖値をモニタリングする必要がある。今は皮膚に貼るだけで、先ほど言った間質液からグルコースの濃度を計測できるパッチなどもあります。ただ、これはほんの一例であり、薬剤に関していうと、一般的に、薬には患者の身長や体重、年齢などに応じた適切な量というものがあります。しかし、なかには副作用が強かったり、血中濃度を適切にコントロールしなければならなかったりする薬もあり、そういった薬は、その日の代謝の変化によって適量も変わってきます。

─だから連続的に、リアルタイムでモニタリングすることが重要になってくるんですね。

そうです。今はその技術がないので、医師が経験と統計的な情報をベースに適量を判断するしかないのですが、連続的にモニタリングできれば、より正確な判断を助ける情報を提供できるようになる。薬には、必ず薬効と副作用があります。いわば諸刃の剣なのですが、誰もが望むのは薬効を最大化し、副作用を最小化することですよね。分子センシングはそれを実現する可能性を秘めていると思います。個人的な話をすると、私はかねてから健康寿命というものが気になっています。健康寿命は、平均寿命より10年も短いんです。つまり、人生最後の10年間は、健康になんらかの不安を抱えながら過ごさなければならない。私はそれが嫌なので、その10年のギャップを埋めたいんです。患者の血糖値をモニタリングしたり、投与した薬剤の血中濃度をコントロールする技術は、医師に必要な情報を与え、治療をアシストする技術と言えます。その技術の開発は病気の予防や早期発見、ひいては健康寿命を伸ばすことにつながるのではないかと思います。


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チャレンジングだからこそやりがいも可能性も感じる

─お話を伺って、分子から得られる情報は、私たちの健康に直結するというのがよく分かりました。

今、スマートウォッチで睡眠時間や歩行距離などを測っている人も多いと思います。それらは日々の活動量の目安にはなりますが、直接的に病気などと関係のある情報かというと、そうではない。しかし分子は、直接的な情報になるんです。例えばある病気にかかると、ある分子が発生するとします。であれば、その分子の濃度が上がれば病気が進行していて、下がれば治療の効果が出ていることが分かる。このように分子からは非常に有益な情報が得られるにもかかわらず、その情報を連続的に取得する方法が、繰り返しになりますが今はまだない。逆にいえば、まだまだ研究の余地があるということですね。

─「今はまだない」ということは、そこに課題があるということですよね?

バイオセンサが発明されてから半世紀以上が経つのですが、市場ができているのは血糖値測定器ぐらいです。基礎的な研究は進められているものの、なかなか 実用化まで結びつかない。その大きな問題の一つは耐久性です。例えばスマートウォッチで睡眠時間や歩行距離が一日分しか測れなかったら、誰も買わないですよね。でも、バイオセンサの寿命はその程度です。なぜなら、酵素や抗体といった生体由来の分子認識素子自体の寿命が短いから。血糖値測定器も使い捨てであるように、そういうものしか商品化できていません。本来は連続的、長期的な測定に向いていない分子センシングだからこそ、チャレンジングでもあり、やりがいも可能性も感じています。

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當麻 浩司 准教授
工学部電子工学科

2009年AIT Austrian Institute of Technology研究員。2012年 Universität fu?r Bodenkultur Wien, Department of Nanobiotechnology博士課程修了。Doctor rerum naturalium technicarum。2012 年Forschungszentrum Ju?lich 博士研究員?フンボルト研究員。2014年、東京医科歯科大学 生体材料工学研究所助教。2021年、同大学講師。2024年、芝浦工業大学工学部電子工学科准教授。Young Scientist Presentation Award(10th International Conference on Molecular Electronics & BioElectronics)など、受賞多数。

(広報誌「芝浦」2023年夏号 掲載)


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